受け継いだのは、技術ではありませんでした。
姿勢でした。
——生きざまでした。
曾祖父の自叙伝
曾祖父が、書き残してくれたものがあります。
八十路の思い出。
自叙伝です。
その言葉が、今も手元にあります。
読むたびに思います。
曾祖父も、書いていたのだと。
自分の言葉で、自分の時代を、書き残していた。
どんな思いで書いたのか、今となっては聞けません。
でも、残してくれた。
その事実が、重い。
そのことが、私がこうして書いている理由の一つです。
曾祖父がいなければ、このブログはなかったかもしれません。
老舗の四代目として、受け継ぐとはこういうことだと思っています。
意識していなくても、流れてくるものがある。
形のないものが、時間を越えて届く。
書かれた言葉は、書いた人がいなくなっても、残り続ける。
不器用な四代目
正直に言います。
私は、器用な職人ではありません。
器用に立ち回ることも、得意ではない。
遠回りをしてきました。
近道を選ばなかったこともありました。
いや、近道がわからなかったのかもしれません。
老舗の跡継ぎというと、立派に聞こえます。
でも、実態は、迷いながら、失敗しながら、続けてきただけです。
先代が逝って、準備のないまま店を背負いました。
経営のことも、よくわからないまま、動いてきました。
でも、それでいいと思っています。
この不器用な自分が、けっこう気に入っています。
不器用だから、丁寧になれた。
遠回りしたから、見えたものがあった。
その積み重ねが、今の私をつくっています。
姿勢を受け継ぐ
曾祖父から受け継いだもの。
祖父から受け継いだもの。
父から受け継いだもの。
技術は、もちろんあります。
でも、一番深く受け継いだのは、姿勢です。
曾祖父の「三つの柱を持て」という経営の姿勢。
祖父の「死ぬまで修行中」という職人の姿勢。
父の、黙って働き続ける姿。
言葉にならないものが、背中から伝わってきました。
その姿勢が、私の中に入っています。
老舗の継承とは、こういうものだと思っています。
レシピを受け取るのではなく、生き方を受け取る。
料理の世界でも、職人の世界でも、一番大切なものは言葉では渡せない。
側にいて、見て、感じて、初めて受け取れるものがある。
意識しなくても、手が動く時があります。
先代たちの姿が、手を動かしている気がします。
受け継ぐとは、コピーではない
受け継ぐことは、真似することではありません。
曾祖父と同じ店をつくろうとしても、できません。
時代が違います。
お客様が違います。
私自身が、違います。
受け継ぐとは、芯を受け継ぐことだと思っています。
形は変えていい。
でも、芯は変えない。
誠実であること。
お客様に届けること。
続けること。
その芯が、四代を貫いています。
四代目という立場
四代目は、特別な立場です。
一代目は、始める人。
二代目は、守る人。
三代目は、変える人。
四代目は——
正直、わかりません。
継いだ時、そのことを誰にも聞けませんでした。
答えを探しながら、今も続けています。
でも、四代目だからこそ見えるものがあります。
曾祖父の自叙伝が読める。
祖父の言葉が記憶にある。
父の背中を知っている。
三代分の時間が、自分の中にあります。
それが、四代目の財産です。
老舗の四代目として、この財産をどう使うか。
それを考えることが、私の仕事の一つだと思っています。
過去を重荷にするのではなく、力にする。
三代分の知恵を、今の時代に活かす。
それが、四代目にしかできないことです。
書くということ
曾祖父が書き残してくれた自叙伝。
それが、今の私に繋がっています。
ある夜、その自叙伝を読み返していました。
達筆な文字で、丁寧に書かれていました。
この人も、夜に一人で書いていたのだと思いました。
私も同じだと思いました。
私もこうして書いています。
誰かに届くかどうか、わかりません。
でも、書いています。
それが、受け継いだことへの、私なりの返答です。
曾祖父が書いたから、私も書く
曾祖父が書いたから、私も書く。
私が書けば、次の誰かが読むかもしれない。
その連鎖が、受け継ぐということだと思っています。
技術は、教えれば伝わります。
でも、姿勢は、生きて見せるしかない。
書くことも、その一つです。
和菓子職人として積み重ねてきたこと。
四代にわたって続いてきたこと。
それを言葉にして残すことが、今の私にできる継承の形です。
曾祖父は菓子をつくりながら書いた。
私も菓子をつくりながら書いています。
百年の時間が、その一点で繋がっています。
次に渡すもの
私が次に渡すものは何か。
技術や知識は、渡せます。
でも、一番渡したいのは、この生きざまです。
不器用でも、続けること。
遠回りでも、誠実であること。
やめる気がしないこと。
それが、老舗四代目から次へ渡すものだと思っています。
形のないものです。
言葉にしにくいものです。
でも、確かに受け継いできたものです。
曾祖父から祖父へ。
祖父から父へ。
父から私へ。
言葉にならないまま、流れてきました。
私から次へも、きっとそうやって流れていく。
それでいい、と思っています。
結び|この不器用な生きざまを、次へ
曾祖父の自叙伝を読むたびに、思います。
あの人も、こうして悩んでいたのかと。
あの人も、不器用だったのかもしれないと。
完璧な人間が、百年続く老舗をつくるわけではありません。
不器用な人間が、真剣に続けてきた。
その積み重ねが、今の店になっています。
私もその一人でいい。
不器用でいい。
遠回りでいい。
この生きざまが、次に渡せるものだと信じています。
曾祖父が書いたように、私も書きます。
次の誰かが、いつかこれを読む日のために。
老舗の四代目として生きてきた時間が、ここに積み重なっています。
うまく生きてきたわけではありません。
でも、誠実に続けてきました。
それだけが、次に渡せるものです。
この不器用な生きざまを、次へ。
次回予告|節目|百年の菓子と、これからの道
四代にわたって、続いてきました。
節目に、振り返ります。
次回は、その話を書きます。
受け継ぐということ|老舗の事業承継と四代目の覚悟|技術より大切な、生きざまの継承
