廃番にした菓子|和菓子職人が「やめる」と決めた理由|残す菓子と、消える菓子

やめることは
負けではありません。
でも、やめる時は、いつも迷いました。

廃番、という言葉
廃番とは、つくるのをやめることです。
長年つくってきた菓子を、店から消す。
簡単なことのように聞こえます。
でも、簡単ではありません。
その菓子を楽しみにしているお客様がいる。
その菓子に思い出があるお客様がいる。
やめることは、その記憶にも触れることです。
和菓子の世界では、季節の菓子が廃番になることがあります。
その年限りの菓子もあります。
でも、通年つくってきた菓子をやめる時は、重さが違います。
ショーケースからその菓子が消えた日、常連さんが気づきます。
「あれ、なくなったんですか」
その一言が、重い。
やめることは、そのお客様との小さな別れでもありました。

やめる理由
和菓子職人として、菓子をやめる判断は避けられません。
売れなくなった。
材料が手に入らなくなった。
つくる手間に対して、値段が見合わなくなった。
時代に合わなくなった。
どれも、正直な理由です。
でも、どれも、少し後ろめたい。
長年つくってきた菓子を前に、そういう理由でやめていいのか。
その迷いが、決断を遅らせることがありました。
職人として、菓子に向き合ってきた時間があります。
その時間を、簡単に切り捨てていいのか。
やめることは、その問いと向き合うことでもありました。

売れない菓子を、続ける意味
売れない菓子を、続けることがありました。
採算が合わない。
でも、やめられない。
理由は、決まっていました。
「あの菓子、ありますか」
そう聞いてくれるお客様が、一人いた。
一人でも来てくれるなら、続けようと思いました。
それが、職人の判断でした。
経営の判断とは、違うかもしれません。
でも、その一人のために続けることが、店の誠実さだと思っていました。
曾祖父の言葉に、「菓子は信頼を売る前に、信頼をつくるものだ」という意味のことがありました。
売れる売れないだけで判断していたら、その信頼は生まれなかった。
一人のお客様が「あの菓子がある店」として覚えてくれる。
それが、続ける意味でした。

やめた日のこと
ある菓子をやめた日のことは、覚えています。
最後の一個をつくりました。
いつもと同じようにつくりました。
でも、最後だとわかっていた。
型から出した時、少し手が止まりました。
この菓子は、もうつくらない。
その事実が、しばらく手の中に残りました。
やめる決断をしたのは自分です。
でも、やめた後の静けさは、想像以上でした。
次の日、その菓子を並べなかった。
ショーケースに、その菓子の場所がなかった。
何も言わなくても、常連さんは気づきます。
「あれ、なくなったんですね」
そう言われた時、やめたことの重さを、改めて感じました。
説明はしました。
でも、納得してもらえたかどうかは、わかりません。
それが、廃番の現実です。

残す決断
やめる決断より、残す決断の方が難しい時があります。
売れない。
手間がかかる。
材料費が上がっている。
それでも残す。
簡単に手放せるものは、最初から本物ではなかった。
その判断には、理由が必要です。
「この菓子でなければ、届かない人がいる」
それが、残す理由でした。
代わりがない菓子は、やめられない。
たとえ採算が合わなくても、その菓子を待っている人がいる限り、続けることが職人の仕事だと思っていました。
残す決断をした菓子は、より丁寧につくるようになります。
やめなかった責任が、手に宿る。
「この菓子は、残すと決めた」
その意識が、一個一個の仕上がりに出ます。
残す決断は、菓子への誓いでもありました。

やめることで、見えるもの
菓子をやめると、残った菓子が際立ちます。
続けると決めた菓子が、より大切に見えます。
やめることは、選ぶことです。
何を残すかを決めることです。
限られた時間と材料と労力を、どこに注ぐか。
廃番にする決断は、残す菓子への覚悟でもありました。
やめた菓子の分だけ、残った菓子に集中できる。
職人の時間は、限られています。
何でもつくろうとすれば、何も深められない。
やめることで、残すものが深まる。
それが、廃番の本当の意味だと、今は思っています。

「近道はいかん」という言葉
祖父がよく言っていました。
「近道はいかん」
菓子の世界に、近道はない。
手間を惜しんだ菓子は、必ず顔に出る。
その言葉は、廃番にも当てはまります。
売れないからすぐやめる。
流行に乗って新しい菓子をつくる。
それは、近道です。
でも、近道を選んだ菓子屋は、長く続きません。
やめるべき時にやめ、残すべきものを残す。
その判断を、丁寧に積み重ねることが、続くことに繋がります。

受け継がれる菓子、消えていく菓子
四代にわたって、つくり続けている菓子があります。
曾祖父がつくり、祖父がつくり、父がつくり、私がつくっている。
その菓子は、やめられません。
やめることが、想像できない。
レシピは変わっていません。
つくり方も、変わっていません。
時代が変わっても、その菓子だけは変わらない。
それが、続いてきた証です。
一方、私の代でやめた菓子もあります。
時代の流れでした。
お客様の好みが変わった。
材料の調達が難しくなった。
悪いことではありません。
続けることだけが、正解ではありません。
その時代に、その場所で、必要とされるものをつくる。
それが、菓子職人の仕事です。
消えていった和菓子は、その時代を生きました。
それで、十分だったと思っています。

結び|やめることも、職人の仕事
やめる決断をする時、いつも思います。
この菓子は、十分につくったか。
お客様に、十分に届けたか。
その問いに、答えられる時だけ、やめることができます。
やめることは、逃げではありません。
次の菓子に、力を注ぐための決断です。
残す菓子を、より丁寧につくるための決断です。
廃番にした菓子は、消えたのではありません。
その菓子をつくり続けた時間が、職人の手に残っています。
次の菓子の中に、生きています。
やめることも、続けることも、どちらも職人の仕事です。
どちらが正しいかではありません。
その時、その場所で、誠実に判断すること。
それだけが、問われています。
——今も、答えが出ない菓子が、一つあります。

次回予告|信頼と信用|菓子は、売るものではなく、届けるもの
売ることと、届けることは、違います。
職人が本当にしたいことは、どちらか。
次回は、その話を書きます。

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