和菓子と日本酒。
一見、無関係に思える二つですが、私にとっては深く結びつく存在です。
その縁の根っこには、一枚の土地があります。
新潟です。
父の他界と、曾祖父から学んだこと
父が他界した後、私は一人で店を守る立場になりました。
28歳。何もわからない私を支えてくれたのが、曾祖父です。
ある日、曾祖父はぽつりと言いました。
「酒がわからん職人は、菓子もわからん」
当時は意味がわかりませんでした。
しかし、年月が経ち、今ならその言葉の重みが理解できます。
そして今、こうも思います。
曾祖父がその言葉を言えたのは、新潟という土地で生まれ育ったからだ、と。
新潟という土地
初代も、曾祖父も、祖父も、新潟生まれの新潟育ちです。
単なる「出身地」ではありません。
あの土地の水を飲み、あの土地の米を食べ、あの土地の四季の中で育った人たちです。
新潟の冬は長く、雪は深く、空は重い灰色に閉ざされます。
しかしその厳しさの中で、米は力をたくわえ、水は澄み、酒は磨かれていきます。
久保田。
八海山。
越乃寒梅。
これらの名前を、曾祖父は何かにつけて口にしました。
自慢でも蘊蓄でもなく、ただ、故郷の名前を呼ぶように。
祖父も同じでした。
新潟の話になると、普段は寡黙な祖父の目が、少しだけ遠くなりました。
懐かしむというより、あの土地が自分の一部であることを、静かに確かめるような目でした。
私は新潟で生まれていません。
しかし、その血と記憶は、確かに私の中に流れています。
和菓子も、日本酒も、米から生まれる
曾祖父はこう言いました。
「菓子は、酒の延長だ」
甘みの質、香りの立ち方、後味の余韻。
すべてが、酒との対話の中で磨かれます。
そして今、私はこう付け加えたいと思います。
和菓子も、日本酒も、米から生まれます。
新潟の米どころで育った先代たちにとって、この二つは最初から「兄弟」のようなものだったのではないか、と。
同じ土地の水を吸い、同じ空気の中で育った米が、一方は餡になり、一方は酒になる。
だから合うのです。
根が同じだからです。
これは理屈ではなく、新潟という土地が教えてくれた、体の感覚です。
日本酒とは何か──職人の技が生む米の味わい
日本酒は、米と水と麹(こうじ)から生まれます。
それだけです。
しかし、その「それだけ」の中に、職人の技がすべて詰まっています。
米の磨き具合、水の質、麹の管理、発酵の見極め、温度管理。
一つでも狂えば、酒になりません。
和菓子も同じです。
餡と皮。それだけ。
だが、その「それだけ」に、すべてがあります。
シンプルなものほど、誤魔化しがききません。
日本酒も和菓子も、職人の技量がそのまま表に出るのです。
新潟の先代たちは、それを頭で学んだのではありません。
土地の中で、自然に身につけていったのだと思います。
曾祖父との時間
父の死後、私は失敗を繰り返しながら店を守りました。
曾祖父は高齢にもかかわらず、時折店に顔を出し、数時間でも一緒に作業をしてくれました。
「この菓子には、どの酒が合うか、常に考えろ」
言葉は少なく、仕事の姿で教える人でした。
曾祖父は92歳で他界しました。
引退していたにもかかわらず、最期まで私を支えてくれました。
今でも思います。
あの人の中には、ずっと新潟があったのだろう、と。
雪の重さも、米の甘みも、酒の香りも。
すべてを胸の奥に抱えたまま、最期まで職人であり続けた人でした。
祖父の晩酌
私が物心ついた頃から、祖父の晩酌に付き合わされていました。
夕方になると、自宅の食堂に祖父の定位置が決まります。
ビールから始まり、やがて日本酒に移り、最後はご飯で締める。
3時間前後、ゆっくりと、丁寧に飲む人でした。
家族が食べ終わっても、祖父だけはいつまでも席にいました。
急ぐことなく、静かに、その時間を楽しんでいました。
祖父はよく話しました。
雪国で育った幼少の頃のこと。
雪が積もっても裸足で駆け回っていたこと。
修行時代の厳しさと、師匠への感謝。
「一度お世話になったら、25年は忘れちゃいかん」
何度も聞いた言葉です。
正直に言えば、また言っとる、と思ったことも、一度や二度ではありません。
それでも私は、初めて聞くふりをしていました。
今思えば、あれは正解だったと思います。
祖父は話したかったのではなく、伝えたかったのです。
何度でも。忘れないように。
そして、晩酌の席で祖父が最も繰り返した言葉がこれです。
「近道はいかん」
シンプルな言葉です。
しかし、その短さの中に、祖父の生き方のすべてが詰まっていました。
雪の中を裸足で歩いた子どもが、修行を積み、職人になり、老いてなお同じことを言い続けた。
近道をしなかった人間だけが、言える言葉です。
私がこのブログで「売らない商い」を選んだのも、時間をかけて信用を積み上げると決めたのも、根っこをたどれば、あの食堂の晩酌の席に行き着きます。
祖父の背中
3時間の晩酌を終えた後、祖父は必ず自分で食べた器を洗っていました。
誰に言われるでもなく、当たり前のように、静かに。
「近道はいかん」と言い続けた人が、その言葉通りに生きていた。
小さな一場面ですが、私にはその背中が、何よりも雄弁に見えました。
周りからは「武士の食事だ」と言われていました。
褒め言葉だったのか、からかいだったのか。
おそらく、どちらでもあったと思います。
しかし祖父は気にする様子もなく、ただ静かに、いつも通りでした。
それもまた、祖父らしいと思います。
そういえば、祖父はいつも着物姿でした。
普段着も、晩酌の席も、和服が当たり前でした。
そしてその耳には、いつも桔梗(たばこ)が一本挟んであった。
着物を着て、耳に煙草を挟み、ビールから日本酒へとゆっくり杯を重ねながら、同じ話を何度もする。
食べ終わったら、自分の器を自分で洗う。
雪国育ちの職人の、それが日常でした。
昭和の日本人の姿が、そこにありました。
その姿が、今も目に浮かびます。
祖父はもういません。
しかし、あの夕方の食堂の空気は、今も私の中にあります。
なぜ和菓子と日本酒が合うのか
和菓子と日本酒が合う理由は単純です。
どちらも「米」から生まれているからです。
米の甘み、米の香り、米の旨み。
和菓子の餡は米の甘みと響き合います。
日本酒の香りは和菓子の風味を引き立てます。
同じ土地で育った米が、一方は菓子に、一方は酒に。
だから相性が良い。
根が同じだからです。
日本酒の種類と和菓子との相性
純米酒
米と米麹だけで作られます。
米本来の旨みが強く、しっかりした餡や羊羹に合います。
純米大吟醸
米を高度に磨き、低温でゆっくり発酵させます。
華やかな香りと繊細な味わい。
薄皮の最中や上生菓子に最適です。
本醸造
少量の醸造アルコールを加え、すっきりとした飲み口。
どら焼きや羊羹と相性抜群です。
私が参考にしている日本酒
獺祭(だっさい)
山口県旭酒造の純米大吟醸。
華やかな香り、繊細な甘み、すっと引く後味。
薄皮の最中と合わせると、香りと甘みが響き合い、驚くほど相性が良いです。
参考:[獺祭 純米大吟醸(Amazon)]
参考:[獺祭 純米大吟醸(楽天市場)]
八海山
新潟県八海醸造の日本酒。
すっきりとした飲み口で、どんな和菓子にも合います。
曾祖父も祖父も、この酒を特別な目で見ていました。
故郷の酒だからです。
私にとっても、この酒は単なる「おすすめ」ではありません。
先代たちの記憶が、静かに溶けている酒です。
購入方法
Amazon・楽天市場
ポイントを使いながら、自宅で手軽に購入できます。
公式オンラインショップ
品質管理が確実で、贈答やギフトにも最適です。
※ 紹介している商品は、実際に私が試し、基準として参考にしているもののみです。
報酬の有無で評価は変えていません。
結び──米と職人の技が生む深い縁
日本酒と和菓子。
どちらも「米」から生まれ、職人の技で磨かれます。
シンプルだからこそ誤魔化しがきかない。
だからこそ深いのです。
曾祖父も祖父も、新潟という土地で生まれ、その土地の米と水と空気の中で育ちました。
その記憶が、私の商いの根っこにあります。
新潟の話をするとき、祖父の目が遠くなったあの表情を、私は忘れません。
あの目の奥にあったものが、今の私を作っています。
次回予告──どら焼きの話
次回は、どら焼きの話を書きます。
「皮」と「餡」の黄金比、和菓子職人のこだわりについてです。
どうぞ、また読んでください。
日本酒と和菓子に通じる、米の縁と職人の技について記録しました。

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