目が覚めた。生きている。
それだけで、ありがたい。
そう思える朝が、続いています。
節目、ということ
節目を迎えました。
書き始めた頃、ここまで続くとは思っていませんでした。
一回一回、書いてきただけです。
気づいたら、ここまで来ていました。
続けることが当たり前だった。
以前書いたことが、ここにも当てはまります。
書くことも、辞める気がしなかった。
それだけのことかもしれません。
節目というのは、外から見てはじめてわかるものです。
当事者は、ただ続けているだけ。
でも、振り返ると、確かにここまで来た。
その事実が、少し不思議でもあり、ありがたくもあります。
朝、目が覚めること
毎朝、目が覚めます。
それが、ありがたい。
若い頃は、そんなことを考えたことがありませんでした。
目が覚めるのは、当たり前のことでした。
でも、先代を見送り、人の命の儚さを知りました。
祖父が92歳まで生きた。
父は、4年間闘い続けて、若くして逝った。
同じ血を引いていても、命の長さは違う。
だから、今朝も目が覚めたことが、ありがたい。
その感覚が、毎日の土台になっています。
働けることへの感謝
日中、働けることに感謝しています。
菓子をつくれる。体が動く。お客様がいる。
先先代は、体が弱っていたにもかかわらず、店に立ってくれました。
祖父は、92歳まで現役でした。
働くことへの敬意が、先代たちから伝わってきています。
私もまだ、働けます。
それが、今日一番の感謝です。
足るを知る
「足るを知る」という言葉があります。
今あるものに満足すること。
老舗の四代目として、大きな商売を夢見た時期もありました。
もっと広げたい。もっと有名になりたい。
でも、今は違います。
足るを知ることが、清々しい毎日の源だと思っています。
祖父は「死ぬまで修行中」と言っていました。
上を目指し続けることと、足るを知ることは、矛盾しない。
今に満足しながら、それでも前に進む。
その両方が、職人の生き方だと思っています。
四代にわたって、続いてきた
曾祖父が始めた店が、今も続いています。
百年以上の時間が、流れています。
振り返ると、長い道のりです。
でも、当事者たちは、その長さを意識していなかったと思います。
今日続けることだけを、考えていた。
曾祖父も、祖父も、父も。
私も同じです。
百年を続けようと思っていない。
今日続けることを、考えています。
その積み重ねが、百年になりました。
店舗がなくなっても、続いている
店舗はなくなりました。
あのショーケースも、甘味処のカウンターも、もうありません。
でも、菓子はつくり続けています。
会社は、続いています。
形は変わりました。
でも、芯は変わっていません。
誠実であること。
届けること。
続けること。
その三つが、今も変わらず、ここにあります。
これからの道
これから、どこへ向かうのか。
正直、遠い先はわかりません。
でも、明日何をするかは、わかります。
今日と同じことをします。
菓子をつくる。誰かに届ける。それを、続けます。
派手な未来を描くより、今日を丁寧に生きることの方が、私には合っています。
今日の積み重ねが、明日になる。
その先に、続いてきたものがある。
曾祖父も、祖父も、父も、同じように今日を生きてきた。
私も、そうやって生きていきます。
ありがとうの毎日
感謝という言葉を、軽く使いたくありません。
でも、今は本当にそう思っています。
朝、目が覚めた。ありがとう。
今日も働けた。ありがとう。
菓子が届いた。ありがとう。
この連鎖が、毎日を清々しくしています。
苦労がなかったわけではありません。
迷いがなかったわけでもありません。
先代を見送り、店舗をなくし、経営の形を変えてきました。
思い通りにならないことの方が、多かった。
でも、今は清々しい。
その清々しさは、苦労の先にあるものだと思っています。
遠回りして、失敗して、それでも続けてきた先に、今があります。
だから、ありがたい。
心の底から、そう思えます。
孫へ
もうすぐ、孫が生まれます。
その子に、何を残せるか。
立派な商売ではないかもしれません。
でも、この清々しさは渡せると思っています。
朝、目が覚めることがありがたい。
働けることがありがたい。
誰かに届けられることがありがたい。
その感覚が伝わればいい。
曾祖父が自叙伝を残してくれたように、私もこうして書いています。
いつか孫が読むかもしれない。
読まないかもしれない。
でも、残しておきたい。
不器用でも、誠実に続けてきた四代目がいた。
毎日が清々しかった。感謝して生きていた。
——あなたにも、きっとそういう人が、そばにいたはずです。
その事実が、次の世代への贈り物になると思っています。
結び|今日も、清々しい
節目に、振り返りました。
書き続けてきて、よかった。
読んでくださった方に、感謝しています。
この記録が、誰かの心に届いていれば、それ以上のことはありません。
老舗の四代目として、華やかな話ばかりではありませんでした。
先代を見送り、店舗をなくし、形を変えながら続けてきました。
でも、振り返ると、清々しい。
苦労の記憶より、感謝の記憶の方が多い。
それが、続けてきた証だと思っています。
これからも、続けます。
辞める気がしないから。
続けることが、当たり前だから。
今日も目が覚め、今日も働ける。
——それだけで、人生は十分に尊い。
次回予告|繰り返すということ|経営者になっても、変わらないもの
職人から経営者へ。立場は変わりました。
でも、毎日繰り返していることがあります。
次回は、その話を書きます。
