「おはよう」
その一言が返ってきた朝のことを、今も覚えています。
二年近く、待っていました。
新天地での出発
新しい商店街に、店舗を出しました。
歴史のある商店街でした。
長年続いてきた店が並ぶ、古い街並みでした。
そこに、新参者として入っていきました。
最初から歓迎されるとは思っていませんでした。
でも、挨拶だけは続けました。
毎朝、「おはようございます」と声をかけました。
一日目も、一週間経っても、一ヶ月経っても。
返事はありませんでした。
正直に言えば、寂しかった。
それでも、やめませんでした。
返事がない朝
返事が返ってこない日が続きました。
無視されているのか。
嫌われているのか。
わかりませんでした。
でも、続けました。
従業員たちにも、同じことを伝えていました。
「返事がなくても、挨拶だけはし続けなさい」
自分でも、そう言い聞かせながら、毎朝声をかけていました。
先先代の言葉
先先代がよく言っていた言葉があります。
「1度世話になったら、25年は忘れちゃならん」
若い頃、その言葉を聞いた時、正直ピンときませんでした。
25年、という具体的な数字が不思議でした。
なぜ25年なのか。
でも、30代半ばになった頃、その意味を体感しました。
かつて世話になった人がいました。
その恩を、私は忘れていませんでした。
言葉にしたわけではありません。
ただ、Noと言わない自分でいました。
頼まれたことには、誠実に応えました。
それだけのことでした。
でも、ある時、その人が私のことを周りに話してくれていたことを知りました。
「あの人は信頼できる」と。
自分では何もしていないつもりでした。
ただ、恩を忘れずにいただけでした。
でも、相手はちゃんと感じていてくれた。
その事実が、胸に響きました。
先先代の言葉の意味が、その瞬間に腑に落ちました。
積み重ねは、見えないところで、誰かに届いています。
なぜ続けられたのか
意地だったかもしれません。
信念だったかもしれません。
でも、一番正直に言えば——
それしかできなかったからです。
新参者が、古い商店街で認められるには、時間しかありませんでした。
急ぐことも、近道もありませんでした。
ただ、誠実に続けること。
それだけが、自分にできることでした。
二年近く経った朝
ある朝のことです。
いつものように「おはようございます」と声をかけました。
「おはよう」
返ってきました。
小さな声でした。
——一瞬、時が止まった気がしました。
音のない朝でした。
でも、確かに返ってきました。
その瞬間、胸に来るものがありました。
うれしいというより、ありがたかった。
二年近く続けてきたことが、その一言で報われた気がしました。
積み重ねが、見えた日
その日以来、少しずつ変わっていきました。
目が合うようになりました。
会話が生まれるようになりました。
商店街の中で、居場所ができていきました。
振り返ると、あの二年間は無駄ではありませんでした。
むしろ、あの二年間があったから、今があります。
返事のなかった朝の積み重ねが、一言の「おはよう」になった。
その事実が、続けることの意味を教えてくれました。
従業員への言葉
「返事がなくても、挨拶だけはし続けなさい」
商店街での経験から、従業員たちに伝えてきた言葉です。
従業員たちも、返事のない朝を経験しました。
それでも続けてくれました。
続けた人だけが、「おはよう」を受け取れます。
老舗が続く理由
百年以上続いてきた店があります。
なぜ続いてきたのか。
特別なことがあったわけではないと思っています。
ただ、続けてきた。
毎日同じことを、誠実に繰り返してきた。
返事がなくても挨拶し続けたように、結果が出なくても続けてきた。
老舗が続く理由は、そこにあると思っています。
積み重ねだけが、本物になる。
派手な一手より、地道な千手。
それが、時間をかけて証明されてきたことです。
先先代が言っていた「25年は忘れちゃならん」という言葉も、同じことを指しています。
一度の関係を、25年続けて大切にする。
それが、老舗をつくる。
華やかな戦略ではなく、地道な誠実さが、百年を生み出します。
その事実を、私はあの商店街の朝と、先先代の言葉から学びました。
続けることの力
続けることには、力があります。
でも、その力はすぐには見えません。
一日続けても、見えません。
一ヶ月続けても、見えないことがあります。
二年近く続けて、初めて見えることもあります。
先先代の言葉のように、25年後に届くこともあります。
だから、やめてしまう人が多い。
結果が出ないと、意味がないと思ってしまう。
でも、見えていないだけで、積み重ねは確かにそこにあります。
「おはよう」が返ってきた朝に、それを知りました。
先先代の言葉の意味を体感した日に、それを知りました。
結び|返事がなくても、続ける
今でも思い出す朝があります。
返事のない挨拶を続けていた、あの商店街の朝。
寒い日も、暑い日も、「おはようございます」と声をかけていた。
従業員たちも、同じように続けていてくれました。
そして、二年近く経った朝。
「おはよう」
その一言が、すべてを教えてくれました。
積み重ねだけが、本物になります。
次回予告|丁寧ということ|経営も、職人仕事も、丁寧さがすべて
速さではなく、丁寧さが残ります。
丁寧にやることの意味を、改めて考えます。
次回は、その話を書きます。
