これが何になるか
白い塊が、手の中にあります。
それを決めるのは、職人の手です。
色をつけて、形を整える。
それだけです。
でも、その「それだけ」の中に、すべてがある。
和菓子の中で、最も自由な菓子です。
決まった形がない。
決まった色がない。
職人の感性と手が、季節をつくります。
色をつくる
練り切りの色は、食紅でつくります。
少量で、大きく変わる。
入れすぎると、不自然になります。
足りないと、伝わらない。
桜の色は、淡いピンクです。
赤ではない。
でも、白でもない。
その間の、ほんのりとした色。
「これくらいかな」
毎回、迷います。
迷いながら、色をつくります。
春の桜と、秋の紅葉では、まったく違う色を使います。
同じ赤系でも、桜は淡く、紅葉は深い。
同じ緑でも、若葉は明るく、松葉は渋い。
季節によって、求める色が変わります。
その色を、手で混ぜながらつくっていく。
指先で感触を確かめながら、色を見ながら。
「もう少し薄く」
「もう少し深く」
その微調整が、練り切りの仕事です。
迷いが、感性をつくる
何十年やっても、その迷いは消えません。
消えない方がいい、と思っています。
迷わなくなったら、感性が止まります。
形をつくる
色がついたら、形を整えます。
練り切りの道具は、三角棒とへらです。
三角棒で、筋をつける。
へらで、花びらを表現する。
道具はシンプルです。
でも、その道具で何を表現するか。
それが、職人の仕事です。
桜なら、五枚の花びら。
菊なら、細かい花びらが幾重にも重なる。
紅葉なら、鮮やかな赤と黄。
梅なら、寒さの中に咲く凛とした形。
同じ白い塊から、季節が生まれます。
季節を、手で思う
形をつくる時、頭で考えません。
季節の景色を思い浮かべながら、手を動かします。
その景色が、手に伝わって、形になる。
だから、同じ桜でも、その日の気分で少し違う。
それが、手仕事の正直さです。
手が覚えるまで
三角棒の使い方を、最初は先代に習いました。
「こうやって、筋をつける」
見ていると、簡単そうでした。
やってみると、全然違いました。
力が強すぎると、崩れます。
弱すぎると、筋がつかない。
角度が少しでもずれると、形が歪む。
何度も練り直しました。
練り切りは、やり直しができます。
崩れたら、また丸めて、やり直す。
それが、他の菓子にはない救いです。
でも、何度やり直しても、思い通りにならない日がありました。
「なぜ、先代のようにできないのか」
そう思いながら、何度も丸めて、何度もやり直した。
手が動くのに、形にならない。
頭では分かっているのに、手が追いつかない。
そういう時期が、しばらく続きました。
考えるのをやめた日
ある日、気づきました。
頭で考えながら動かしていた。
それが、いけなかった。
考えるのをやめて、ただ手を動かす。
季節を思いながら、ただ動かす。
そうしたら、少しずつ形になってきました。
手が覚えてくる、とはこういうことか。
その日のことを、今も覚えています。
季節を先取りする
練り切りは、季節を先取りします。
桜が咲く前に、桜の練り切りをつくります。
紅葉が始まる前に、紅葉の練り切りをつくります。
「もうすぐ、あの季節が来る」
そう伝えるための菓子です。
店に並んだ練り切りを見て、季節を感じてもらう。
食べる前に、目で季節を味わってもらう。
和菓子は、五感で楽しむものです。
見て、香りを嗅いで、触れて、食べる。
練り切りは、その中でも「見る」ことを大切にしています。
手に取った瞬間に、季節が伝わる。
そういう菓子でありたいと思っています。
だから、色も形も、丁寧につくります。
それが、練り切りの役割です。
祖父の練り切り
祖父の練り切りを、今も覚えています。
形が、きれいでした。
無駄な力が、どこにもなかった。
桜の花びらの筋が、自然についていた。
「どうやったら、そんなにきれいにできるの」
そう聞いたことがあります。
祖父は、手を動かしながら言いました。
「季節を思い浮かべながら、つくる」
意味がわからなかった。
今は、わかります。
頭で形を考えるのではない。
その気持ちが、手に伝わる。
それが、練り切りの仕事です。
一つとして、同じものはない
練り切りは、一つとして同じものがありません。
同じ桜をつくっても、毎回違う。
それが、手仕事の証です。
機械でつくれば、同じものができます。
でも、それは練り切りではない。
手でつくるから、微妙に違う。
その違いの中に、職人の仕事があります。
この一個は、世界に一つしかない
お客様に渡す時、思います。
この一個は、世界に一つしかない。
同じ形に見えても、この手でこの日につくったものは、二度とつくれない。
そう思うと、一個一個が大切になります。
雑につくれない。
手を抜けない。
それが、練り切りに教わったことです。
白い塊が、季節になる
今日も、白い塊を手に取ります。
これが何になるか。
今日は、春の菓子をつくります。
桜色に染めて、花びらの形に整える。
手の中で、春が生まれます。
白い塊が、季節になる瞬間。
それが、この仕事の醍醐味です。
結び|手が、季節をつくる
和菓子の仕事をしていると、季節を二度感じます。
一度目は、菓子をつくる時。
二度目は、お客様が食べる時。
練り切りを渡す時、思います。
この菓子で、あの人の春が始まる。
この菓子で、あの人の秋が深まる。
手でつくった季節が、誰かの季節になる。
それが、職人の仕事です。
次回予告|羊羹|一本の中に、職人の時間が流れる
羊羹は、時間の菓子です。
炊いて、練って、流して、固める。
その一本に、職人の一日が入っています。
次回は、その話を書きます。
