破れました
包んでいる途中で、皮が裂けた。
餡が、はみ出してきました。
饅頭は、皮と餡でできています。
それだけです。
でも、その二つのバランスが、すべてを決めます。
皮が厚すぎれば、餡の味が消える。
薄すぎれば、破れる。
餡が多すぎれば、形が崩れる。
少なすぎれば、物足りない。
どちらが主役か。
どちらが脇役か。
長い間、その答えを探してきました。
薯蕷饅頭の皮
私がつくる饅頭の中で、最も難しいのが薯蕷饅頭です。
山芋と上新粉を合わせた生地で、餡を包みます。
山芋の粘りが、皮の命です。
でも、その山芋が毎回違う。
季節によって、水分量が変わります。
産地によっても、粘りが違う。
だから、毎回同じようにはできない。
その日の山芋の状態を、まず手で確かめます。
柔らかいか、固いか。
粘りが強いか、弱いか。
その感触から、水加減を決めます。
同じレシピで同じように作っても、仕上がりが違う。
最初の頃、それが理解できなかった。
「昨日と同じようにやったのに」
何度もそう思いました。
答えは、山芋でした。
山芋が、毎回違う顔を見せる。
だから、毎回確かめなければならない。
破れた日
ある日、皮が破れました。
山芋の水分が多かった。
生地が、柔らかくなりすぎていました。
包んでいる途中で、皮が耐えられなくなった。
餡が、はみ出してきました。
やり直しです。
上新粉を足して、生地を調整しました。
でも、一度崩れた生地は、なかなか戻らない。
何個か、形になりませんでした。
その日の失敗は、山芋を甘く見ていた結果でした。
餡の量を決める
皮ができたら、餡の量を決めます。
これが、また難しい。
その日の皮の状態によって、餡の量を変えます。
皮が薄く仕上がった日は、餡を少し減らす。
皮が厚めに仕上がった日は、餡を少し増やす。
毎回、微調整です。
頭で計算しても、追いつかない。
手が判断します。
この量なら、包める。
この量では、破れる。
その感触が、手に宿っていく。
包む、ということ
餡を皮で包みます。
この動作が、簡単そうで難しい。
力を入れすぎると、皮が薄くなりすぎる。
力が足りないと、形が崩れる。
皮を均一に伸ばしながら、餡を包んでいく。
底から少しずつ、皮を引き上げる。
最後に、口を閉じる。
その閉じ方にも、技術があります。
雑に閉じると、蒸した時に開いてしまう。
丁寧に閉じると、きれいな形が保たれる。
その差が、仕上がりに出ます。
最初の頃、口の閉じ方が甘かった。
蒸し上がった饅頭を見ると、口が開いている。
餡が、顔を出していた。
見た目が悪い。
お客様に出せない。
やり直しです。
口を閉じる力加減を、何度も練習しました。
強すぎず、弱すぎず。
その感触が、指に宿っていくまで、時間がかかりました。
蒸す時間
包んだ饅頭を、蒸します。
蒸し時間が、短すぎると生になります。
長すぎると、皮が固くなる。
ちょうどいい時間が、あります。
でも、その時間は饅頭の大きさによっても、皮の厚さによっても変わります。
蒸し器の前で、状態を見ながら判断します。
ふっくらと膨らんできたら、ちょうどいい頃合いです。
その膨らみ方を、目で覚えていく。
蒸し上がった饅頭を、型から出す瞬間があります。
きれいに膨らんでいるか。
形が崩れていないか。
口が開いていないか。
その確認の瞬間が、いつも少し緊張します。
うまくいっていれば、ほっとする。
崩れていれば、どこが悪かったか考える。
その繰り返しが、腕をつくっていきます。
どちらが主役か
皮と餡、どちらが主役か。
長い間、考えてきました。
若い頃は、餡が主役だと思っていました。
餡の味が良ければ、饅頭は美味しい。
皮は、餡を包むだけのものだと。
でも、違いました。
皮が薄すぎると、餡の存在が大きくなりすぎる。
皮が厚すぎると、餡の味が消える。
どちらが強くても、饅頭ではなくなる。
どちらも主役です。
どちらも脇役です。
大切なのは、調和です。
祖父の饅頭
祖父の饅頭を、今も覚えています。
皮が、きれいでした。
薄すぎず、厚すぎず。
均一に、餡を包んでいた。
「皮と餡は、夫婦や」
祖父がよく言っていた言葉です。
どちらが強くても、うまくいかない。
互いを引き立て合う。
その関係が、饅頭をつくる。
意味がわかってきたのは、ずいぶん後のことでした。
若い頃は、言葉の意味より先に、技術を覚えようとしていた。
でも、技術だけでは、饅頭はつくれない。
皮と餡の関係を理解して、初めて技術が活きる。
祖父は、そのことを「夫婦」という言葉で教えてくれていた。
今は、その言葉の深さがわかります。
対話、ということ
今は、皮と餡の対話を聞きながら、饅頭をつくります。
皮が訴えてくる。
もう少し薄く。もう少し厚く。
餡が訴えてくる。
もう少し多く。もう少し少なく。
その声を聞きながら、手を動かします。
慣れた頃に、油断が生まれる。
油断した日に、皮が破れる。
饅頭は、正直な菓子です。
だから、毎回丁寧に向き合います。
結び|皮が破れた日のこと
皮が破れたあの日のことを、今も覚えています。
餡がはみ出してきた、あの瞬間。
情けなかった。
でも、その失敗があったから、今があります。
山芋の声を、聞けるようになりました。
皮と餡のバランスを、手が覚えました。
今日も、山芋を手に取ります。
今日の山芋は、どんな状態か。
確かめてから、仕事を始めます。
皮が破れない饅頭を、つくるために。
次回予告|値段をつけること|職人の時間に、値段をつける難しさ
菓子一個に、値段をつけます。
その値段の中に、何が入っているのか。
次回は、その話を書きます。
