断る勇気|商いにおける選択

すべてを受けない
選ぶことが、守ることでした。

断る勇気が、信用を守る
商いをしていると、断らなければならない時があります。

電話を切ったあと、しばらく手が止まることがあります。
無理な注文。
納期に間に合わない依頼。
自分の技術では作れないもの。
断ることは、勇気がいります。
でも、断らなければ、守れないものがあります。
信用です。

断れなかった日
若い頃、断れませんでした。
注文を断ることが、怖かったのです。
お客様から注文をいただくと、嬉しかった。
だから、何でも受けました。
「できます」
そう言って、引き受けました。

でも、できませんでした。
納期に間に合わない。
品質が悪くなる。
他の仕事にも影響が出る。
無理をして、すべてが崩れました。
お客様に迷惑をかけました。
信用を失いました。
その時、学びました。
断ることの大切さを。

父の背中
父は、断る人でした。
無理な注文は、受けませんでした。
「申し訳ございません。その納期では、お受けできません」
丁寧に、でもはっきりと、断っていました。
若い頃の私は、思いました。
「もったいない。受ければいいのに」
でも、父は言いました。
「受けて、できなかったら、もっとあかん」
「信用を失ったら、終わりや」
「広げるより、崩さないことの方が難しいんや」
父の言葉でした。

祖父の教え
祖父も、断る人でした。
ある日、大きな注文が来ました。
普段の三倍の量でした。
私は、「受けましょう」と言いました。
でも、祖父は、首を振りました。
「無理や」
「三倍の量を、同じ品質で作れるか?」
「できんやろ。なら、断る」
祖父の判断でした。
私は、納得できませんでした。
「頑張れば、できます」
そう言いました。
祖父は、静かに言いました。
「頑張ったら、できる。それは、わかっとる」
「でも、頑張ったら品質が落ちる。それもわかっとる」
「品質が落ちたら、信用が落ちる」
「信用が落ちたら、もう注文は来ん」
「だから、断る」
その言葉が、今も心に残っています。

経営者としての判断
四代目になって、わかったことがあります。
断ることは、経営判断だということです。
人には、限界があります。
時間にも、限界があります。
設備にも、限界があります。
すべてを受ければ、すべてが崩れます。

和菓子の品質が落ちる。
他の仕事に影響が出る。
家族に負担がかかる。
従業員に無理をさせる。
そして、信用を失う。
だから、断ります。
これは、経営者としての判断です。

三つの柱を守る
曾祖父の言葉があります。
「三つの柱を持て」
一つの事業だけでは、不安定です。
でも、三つあれば、安定します。
ただし、広げすぎてはいけません。
広げすぎれば、すべてが中途半端になります。
だから、選びます。
やること。
やらないこと。
三つの柱を守るために、それ以外は断ります。
これが、曾祖父の教えでした。

断る基準
今、私にも断る基準があります。

① 納期
納期に間に合わないものは、受けません。
急ぎの注文。
「明日までに」と言われても、できないものはできません。
丁寧に、でもはっきりと、断ります。
無理をして受ければ、他の仕事に影響が出ます。
それは、他のお客様への裏切りになります。

② 品質
品質を保てないものは、受けません。
量が多すぎる注文。
技術的に難しい注文。
できないものは、できません。
無理をして、品質を落とすくらいなら、断ります。
品質が落ちれば、信用が落ちます。
信用が落ちれば、事業が崩れます。
だから、断ります。

③ 事業の方針
事業の方針に合わないものは、受けません。
和菓子以外の依頼。
本業から離れすぎる仕事。
どんなに儲かっても、受けません。
事業は、集中すべきです。
広げすぎれば、すべてが崩れます。

断り方
断る時は、丁寧に。
でも、はっきりと。
「申し訳ございません」
「その納期では、お受けできません」
「ご期待に添えず、申し訳ございません」
理由を説明します。
嘘はつきません。
できないものは、できないと言います。
その代わり、別の提案をします。
「納期を延ばしていただければ、お受けできます」
「こちらの和菓子でしたら、お作りできます」
断るだけではなく、提案もします。
これが、商いです。

経営者の孤独
断る判断は、経営者が下します。
従業員は、「受けましょう」と言います。
家族も、「受けたら」と言います。
でも、最終的に決めるのは、経営者です。
誰も、責任を取ってくれません。
失敗したら、経営者の責任です。
だから、決めます。
受けるか。
断るか。
この判断が、事業を守ります。
誰も代わりに決めてはくれません。
孤独です。
でも、これが経営者の仕事です。

断らなかった時の失敗
ある日、断りませんでした。
大きな注文でした。
納期が厳しかった。
でも、受けました。
「頑張れば、できる」
そう思いました。
朝から晩まで作り続けました。
でも、間に合いませんでした。
そして、他の仕事にも影響が出ました。
常連のお客様の注文が、遅れました。
お客様に、謝りました。
信用を、失いました。
その時、改めて思いました。
断る勇気が、必要だと。
経営者として、決断しなければならないと。

断った後
断った後、後悔することもあります。
「受ければ良かったかな」
「無理してでも、やれば良かったかな」
そう思う時もあります。
でも、思い出します。
祖父の言葉を。
父の言葉を。
曾祖父の教えを。
「信用が落ちたら、もう注文は来ん」
「広げるより、崩さないことの方が難しい」
「三つの柱を守れ」
断ることで、守れるものがあります。
それを、守ります。

すべてを受けない
すべての注文を受けることはできません。
無理をすれば、壊れます。
だから、選びます。
受けるもの。
断るもの。
選ぶことが、守ることです。
経営者として、選びます。
職人として、守ります。

ぶれない
断ることは、簡単ではありません。
お客様に申し訳ない。
儲けを逃す。
でも、ぶれません。
これが、私の基準です。
曾祖父から受け継いだ基準です。
祖父から学んだ基準です。
父から見せてもらった基準です。
ぶれません。

ここまで来た道
父を見送り、祖父を見送りました。
気がつけば、店の重みは静かに私の肩へ移っていました。
それを受け止められるまでに、五年かかりました。
振り返れば、決して近道ではありませんでした。
誘いを受けたこともあります。
それでも、断りました。
どこかの看板に頼って商いをするつもりはない。
最初から、決めていました。
風をまともに受ける道でした。
迷うこともありました。
それでも、この暖簾だけは守ってきました。
五十代半ばの頃、ある日ふと思いました。
「よくここまで来たな」
声に出すほどのことではありません。
けれど、自分で自分の背中を、そっと一度だけ叩いてやりました。

結び|断る勇気
断ることは、勇気です。
でも、断らなければ、守れません。
経営者として、決めます。
職人として、守ります。
曾祖父の「三つの柱を守れ」という言葉。
父の「広げるより、崩さないことの方が難しい」という言葉。
祖父の「信用が落ちたら、もう注文は来ん」という言葉。
その言葉を、胸に。
今日も選びます。
受けるもの。
断るもの。
ぶれずに選ぶ。
それが、商いを守るということだと思っています。

次回予告|失敗しないために|丁寧さが守るもの
次回は、失敗しないための努力について書きます。
確認すること。
丁寧に作ること。
間違えない仕事について、お伝えします。

断る勇気と、経営者としての選択について記録しました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次