関東風と関西風
二つの桜餅が、それぞれの春を伝える。
桜の葉の香り。季節を先取りする心
桜餅は、春の和菓子です。
店に並ぶと、春が近いことがわかります。
桜の葉で包まれた、ほんのり桜色の餅。
その香りを嗅ぐだけで、春を感じます。
でも、桜餅には二つの顔があります。
関東風と関西風。
同じ桜餅でも、姿が違います。
作り方も、食感も違います。
どちらも、春を伝えます。
関東風と関西風
関東風の桜餅は、長命寺と呼ばれます。
小麦粉を使った薄い皮で、餡を包みます。
桜の葉で、さらに包みます。
関西風の桜餅は、道明寺と呼ばれます。
道明寺粉を使った、粒々とした食感の餅です。
丸く包んで、桜の葉で包みます。
どちらが正しい、というわけではありません。
どちらも、桜餅です。
どちらも、春を伝えます。
私が作るのは、道明寺
私が作るのは、道明寺です。
関西の和菓子職人なので、道明寺を作ります。
道明寺粉を蒸して、餡を包みます。
桜の葉で包んで、完成です。
シンプルですが、難しい。
道明寺粉の蒸し加減が、すべてを決めます。
道明寺粉との向き合い方
道明寺粉は、もち米を蒸して乾燥させ、粗く挽いたものです。
粒が残っています。その粒が、食感を作ります。
水加減が、難しい。
多すぎれば、べたつきます。少なすぎれば、固くなります。
蒸し時間も、難しい。
短ければ、芯が残ります。
長すぎれば、柔らかくなりすぎます。
何度作っても、毎回違います。
その日の湿度、気温、道明寺粉の状態。
すべてが違います。
だから、手で確かめます。
触って、見て、香りで確かめます。
道明寺粉が、教えてくれます。
桜の葉の香り
桜の葉には、独特の香りがあります。
塩漬けにした桜の葉を使います。
その香りが、桜餅の命です。
桜の葉を水で洗い、塩を落とします。
洗いすぎると、香りが飛びます。
洗わなすぎると、塩辛くなります。
ちょうど良い加減が、あります。
その加減を、手が知っています。
桜の葉で包むと、餅に香りが移ります。
その香りが、春を伝えます。
季節を先取りする
桜餅は、季節を先取りする和菓子です。
桜が咲く前から、桜餅を作ります。
まだ寒い2月の終わり頃から、店に並び始めます。
「春が来るよ」
そう伝えるための和菓子です。
桜餅を見れば、春が近いことがわかる。
桜の葉の香りを嗅げば、春を感じる。
季節を先取りする。
それが、和菓子の役割です。
餡との調和
道明寺と餡の調和が、大切です。
道明寺が固ければ、餡が柔らかすぎると合いません。
道明寺が柔らかければ、餡も柔らかくします。
バランスです。
和菓子は、調和です。
道明寺と餡が、一体になる。
その調和を、追い求めます。
桜色の美しさ
桜餅は、ほんのり桜色です。
色をつけすぎると、派手になります。
色をつけなければ、地味になります。
ほんのり、です。
桜の花びらのような、淡い桜色。
その色が、春を伝えます。
色の加減が、難しい。
何度作っても、迷います。
「これくらいかな」
そう思って、色をつけます。
失敗した日
ある日、道明寺を蒸しすぎました。
他の仕事をしていて、時間を忘れていました。
蒸し器を開けた瞬間、わかりました。
柔らかくなりすぎて、べたつきました。
「ああ、やってしまった」
餡を包めません。形が崩れます。
やり直しました。
時間も材料も、倍かかりました。
焦ったことで、失いました。
道明寺粉は、待ってくれません。
火は、待ってくれません。
曾祖父の桜餅
曾祖父の桜餅を、今も覚えています。
美しかった。
形が、整っていました。色が、淡かった。
桜の葉の香りが、ちょうど良かった。
「桜餅は、春の挨拶や」
曾祖父の言葉です。
桜餅を作ることが、春への挨拶。
お客様に桜餅を渡すことが、春を伝えることでした。
父の桜餅
父も、桜餅を作っていました。
曾祖父ほど、器用ではありませんでした。
形が、少し不揃いでした。
でも、丁寧に作っていました。
道明寺粉を蒸して、餡を包んで、桜の葉で包む。
その一つ一つの動作が、丁寧でした。
父の桜餅も、春を伝えていました。
関東風を食べたこと
ある日、関東風の桜餅を食べました。
薄い皮で包まれた、餡。
道明寺とは、まったく違いました。
「これも、桜餅なんだ」
そう思いました。
地域によって、作り方が違う。
それが、和菓子の面白さです。
今も、毎年作っている
今も、毎年桜餅を作っています。
2月の終わり頃から、作り始めます。
春が来る前に、桜餅を作ります。
何十年も作っていますが、まだ完璧ではありません。
毎回、違います。毎回、迷います。
でも、それでいいのだと思います。
完璧になったら、成長が止まります。
迷いがあるから、学べます。
道明寺粉に教わりながら、今年も作ります。
孫に伝えたいこと
孫が生まれます。
いつか、この記録を読むかもしれません。
その時、伝えたい。
「桜餅は、春の挨拶や」
「季節を先取りする心を、大切に」
曾祖父の言葉を、孫にもつなぎたい。
結び|春を包む
桜餅は、シンプルです。
道明寺粉、餡、桜の葉。それだけ。
でも、そのシンプルさが、春を伝えます。
ほんのり桜色。
桜の葉の香り。
粒々とした食感。
そのすべてが、春を伝えます。
曾祖父の「桜餅は、春の挨拶や」という言葉。
その意味を、これからも大切にしたいと思います。
今年も桜餅を作ります。
曾祖父の言葉を思い出しながら。
父の姿を思い出しながら。
春を、伝えます。
次回予告|柏餅|端午の節句と、子どもへの願い
次回は、柏餅について書きます。
柏の葉の意味。
餡の種類。
節句に込める想い。
子どもの成長を願う和菓子について、お伝えします。
桜餅と、春を先取りする職人の心について記録しました。
