桜餅と職人|塩漬けの葉との格闘|手が覚えるまで

桜餅をつくるたびに
思い出すことがあります。
あの頃、何度葉を破ったか。
数えきれません。

道明寺粉との向き合い方
葉の話をする前に、道明寺粉のことも書いておきます。
道明寺粉は、もち米を蒸して乾燥させ、粗く挽いたものです。
水加減が、難しい。
多すぎれば、べたつく。
少なすぎれば、固くなる。
ある日、蒸しすぎて、べたついた。
別の日は、固くて、餡が包めなかった。
失敗するたびに、粉の声が少しずつわかってくる。
蒸し時間も、その日の湿度や気温によって変わります。
毎回、同じではない。
だから、毎回確かめます。
触って、見て、香りで判断する。
葉の扱いと、道明寺粉の扱い。
この二つが揃って、はじめて桜餅になる。

道明寺を巻く、ということ
私がつくる桜餅は、道明寺巻きです。
道明寺粉を蒸して、餡を包み、桜の葉で巻く。
見た目は、シンプルです。
工程も、それほど多くない。
でも、その葉の扱いが、難しかった。
最初の頃、まったく思い通りにならなかった。
先代の仕事を横で見ながら、簡単そうに見えた。
やってみると、全然違いました。

葉が、破れる
塩漬けの桜の葉は、繊細です。
力を入れすぎると、破れる。
加減が足りないと、きれいに巻けない。
何度やっても、うまくいかない日がありました。
破れた葉を見るたびに、情けなかった。
「なぜ、できないのか」
そう思いながら、またやり直す。
破れた葉は、使えません。
捨てるしかない。
その積み重ねが、しばらく続きました。
焦れば焦るほど、うまくいかない。
和菓子の仕事は、そういうものです。

葉には、塩がある
塩漬けの桜の葉には、塩気があります。
水で洗って、塩を落とします。
洗いすぎると、香りが飛びます。
洗わなすぎると、塩辛くなります。
その加減が、最初はわからなかった。
見ても、わからない。
触っても、わからない。
「どのくらいですか」
そう聞いても、先代は言いました。
「やってみたら、わかる」
それだけでした。
何度も失敗して、ようやくわかってくる。
そういうものでした。

香りが、教えてくれる
桜の葉の香りは、花ではなく葉から来ています。
塩漬けにすることで、独特の香りが生まれる。
この香りが、桜餅の命です。
知らない方が多い。
桜の季節に店に並ぶあの香りは、花の香りではなく、葉の香りです。
香りが飛んでしまった葉は、使えない。
香りが強すぎる葉も、合わない。
ちょうどいい状態の葉を選ぶ。
その目が、少しずつ育っていきました。
洗い方で、香りが変わる。
水の温度でも、変わる。
そういう細かいことが、積み重なって、一つの菓子になる。

手が覚えるまで
職人の仕事は、頭で覚えるものではありません。
手が覚えるものです。
桜の葉も、そうでした。
何百枚と触っているうちに、手がわかってくる。
この葉は、少し固い。
この葉は、しなやかだ。
力の入れ方を、少し変える。
言葉にできない感覚が、手に宿っていく。
それが、職人というものだと思います。
頭で考えているうちは、まだ半人前です。
手が先に動くようになって、はじめて仕事になる。
桜の葉に慣れるまで、何年かかったか。
正確には覚えていません。
でも、ある日気づいたら、破れなくなっていました。

葉ごと、食べてほしい
桜餅の葉を、外して食べる方がいます。
それを否定はしません。
人それぞれです。
でも、私は外さず食べます。
葉ごと食べてこそ、桜餅だと思っています。
葉の塩気と、餡の甘さ。
その対比が、この菓子の核心です。
甘いだけでは、ない。
塩気があるから、甘さが際立つ。
一緒に口に入れたとき、はじめて完成する。
そういう菓子です。
あれだけ苦労した葉です。
ぜひ、一緒に食べてほしい。

季節にしか、つくらない
桜餅は、春にしかつくりません。
桜の季節だけの菓子です。
それでいい、と思っています。
いつでも食べられるものより、
この季節にしかないものの方が、記憶に残る。
「あの春に食べた桜餅」
そう思い出してもらえるなら、それで十分です。
店に桜餅が並ぶと、春が来たことがわかる。
そういう菓子でありたいと思っています。
季節の挨拶として、春の入り口に置く。
それが、桜餅の役割です。

春の色について
桜餅の色は、淡い桃色です。
色をつけすぎると、派手になる。
つけなさすぎると、地味になる。
ほんのり、です。
何十年やっても、毎回迷います。
葉の香りと同じです。
答えは、毎年違う。
だから、毎回手で確かめる。

祖父の桜餅
祖父の桜餅を、今も覚えています。
葉の巻き方が、きれいでした。
無駄な力が、どこにもなかった。
自然に、すっと巻いていた。
子どもの頃、その手元をずっと見ていました。
「どうやったら、そんなにきれいに巻けるの」
そう聞いたことがあります。
祖父は、少し笑って言いました。
「葉に聞いたら、教えてくれる」
意味がわからなかった。
今は、わかります。
葉の状態に合わせて、手が動く。
葉が教えてくれる、ということです。

今年も、葉を手に取る
春が来ると、また桜の葉を手に取ります。
今は、破れることはほとんどありません。
でも、油断はしません。
葉は、毎年違います。
その年の気候によって、状態が変わる。
柔らかい年もあれば、固い年もある。
だから、毎年最初の一枚は、丁寧に触ります。
今年の葉は、どんな葉か。
確かめてから、仕事を始めます。
何年やっても、その確認は欠かしません。
それが、慢心しないということだと思っています。

結び|破れた葉が、教えてくれたこと
うまくいかない時期がありました。
破れた葉を、何枚捨てたかわかりません。
でも、その時間があったから、今があります。
失敗しなければ、手は覚えない。
破れなければ、加減がわからない。
回り道に見えて、それが一番の近道でした。
桜餅をつくるたびに、あの頃を思い出します。
情けなかった自分を。
それでもやり続けた日々を。
春が来るたびに、葉を手に取ります。
丁寧に、力を込めすぎず。
葉の声を聞きながら。

次回予告|柏餅と職人|上新粉との格闘
五月五日に向けて、柏餅をつくります。
上新粉は、ごまかしがきかない。
蒸し加減が、すべてを決める。
次回は、その話を書きます。

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