柏餅と職人|上新粉との格闘|蒸し加減が、すべてを決める

固くなりすぎた
そう気づいた時には、もう遅い。
上新粉は、やり直しがきかない。

上新粉という素材
柏餅の生地は、上新粉でつくります。
白玉粉や道明寺粉とは、違います。
粘りが少ない。だから、扱いが難しい。
蒸し加減が、すべてを決めます。
この素材と向き合うようになったのは、柏餅よりずっと前のことでした。

赤飯饅頭での失敗
最初に上新粉の怖さを知ったのは、赤飯饅頭をつくっていた頃です。
上新粉を使う生地で、何度も固くなりすぎた。
蒸し時間が、少し短かった。
水加減が、少し足りなかった。
それだけで、固くなる。
噛んだ瞬間に、わかります。
「あ、固い」
お客様に出せない。
やり直しです。
時間も材料も、無駄になる。
情けなかった。
でも、その失敗のたびに、少しずつわかってくる。
上新粉は、正直な素材だということが。

薯蕷饅頭で学んだこと
薯蕷饅頭にも、上新粉を使います。
山芋と上新粉を合わせた生地で、餡を包む。
高級な饅頭です。
だからこそ、失敗が許されない。
山芋の水分量が、その日によって違います。
季節によっても、変わります。
夏の山芋と、冬の山芋は、水分が違う。
同じレシピで同じように作っても、仕上がりが違う。
最初の頃、そのことがわからなかった。
「昨日と同じようにやったのに、なぜ違うのか」
何度もそう思いました。
答えは、山芋でした。
素材が、毎回違う。
だから、毎回確かめなければならない。
触って、見て、感触で判断する。
その日の山芋に合わせて、水加減を変える。
それが、薯蕷饅頭の仕事でした。

上新粉は、ごまかしがきかない
赤飯饅頭と薯蕷饅頭で学んだことは、一つです。
上新粉は、ごまかしがきかない。
水加減が少しでも違えば、すぐに出ます。
蒸し時間が少しでも違えば、すぐに出ます。
その日の湿度、気温、粉の状態。すべてが違う。
だから、毎回真剣です。

蒸し加減の難しさ
蒸し時間が短ければ、固くなります。
芯が残ります。
蒸し時間が長すぎれば、柔らかくなりすぎます。
形が崩れます。
ちょうどいい、という時間が、あります。
でも、その時間は毎回違う。
その日の蒸し器の温度。
生地の厚み。
水分量。
すべてが違えば、時間も違う。
「何分蒸せばいいですか」
そう聞かれても、答えられません。
「触ってみたら、わかります」
それしか言えない。

先代の言葉
先代に聞いたことがあります。
「上新粉の蒸し加減、どうやって判断するんですか」
先代は、蒸し器を開けながら言いました。
「音が変わる」
蒸している途中、音が変わる瞬間がある。
「その音を聞けばわかる」
最初は、わかりませんでした。
何度も蒸し器の前に立って、耳を澄ませました。
ある日、気づきました。
確かに、音が変わる。
その瞬間が、ちょうどいい頃合いです。
先代の言葉が、ようやくわかりました。

手と耳で、覚える
職人の仕事は、頭で覚えるものではありません。
手と耳で覚えるものです。
上新粉も、そうでした。
何度も蒸して、何度も失敗して。
手が覚えてくる。
耳が覚えてくる。
この生地は、まだ早い。
この生地は、もう少し。
言葉にできない感覚が、少しずつ育っていく。
それが、職人の仕事です。

柏餅の生地
柏餅の生地は、特に難しい。
蒸した後、餡を包みます。
生地が固すぎると、包む時に割れる。
生地が柔らかすぎると、形が崩れる。
ちょうどいい生地は、しなやかです。
餡を包んでも、割れない。
形を整えても、崩れない。
柏の葉で包んだとき、はじめてわかります。
生地の出来が、良かったかどうか。
葉の中で、きれいに収まっているか。
柏餅は、葉を開けるまでわからない。
だから、怖い。
だから、丁寧にやる。

五月五日に向けて
四月の終わり頃から、柏餅をつくり始めます。
五月五日は、待ってくれません。
毎年、その日に向けて、準備します。
今年の上新粉は、どんな粉か。
今年の蒸し器の調子は、どうか。
最初の一個をつくった瞬間に、わかります。
今年も始まった、と。
何十年やっても、その緊張は変わりません。
慣れたつもりでいると、失敗します。
上新粉は、そういう素材です。

結び|固くなった生地が、教えてくれたこと
固くなりすぎた生地を、何度捨てたかわかりません。
柔らかくなりすぎた生地も、同じです。
でも、その失敗があったから、今があります。
固くなった時、何が悪かったのか。
柔らかくなった時、何が違ったのか。
一つ一つ、考えました。
その積み重ねが、手の中に残っています。
上新粉は、今でも怖い。
怖いから、丁寧にやる。
丁寧にやるから、うまくいく。
五月が来るたびに、蒸し器の前に立ちます。
耳を澄ませながら。
音が変わる瞬間を、待ちながら。

次回予告|水無月と職人|外郎生地との格闘
六月三十日に向けて、水無月をつくります。
外郎生地は、ごまかしがきかない。
火加減が、すべてを決める。
次回は、その話を書きます。

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