和菓子職人が大切にしていること|四代目として受け継いだもの

四代目を継いでから、長い時間が経ちました。
28歳で父を亡くし、何もわからないまま家業を継ぎました。
あの頃の自分を思い出すと、今でも胸が痛みます。
曾祖父が支えてくれました。
祖父の言葉を思い出しました。
祖母の姿を、何度も思い返しました。
父の背中を、探しました。
そして、気づいたのです。
私が受け継いだのは、技術だけではない。
心を、受け継いだのだと。

なぜこの記録を始めたのか
この記録を始めたのは、想いを残すためです。
曾祖父、祖父、祖母、父が守ってきたもの。
その心を、言葉で残したい。
いつか生まれる孫に、読んでもらいたい。
「曾祖父は、こうして菓子を作っていたんだよ」
そう伝えたい。
孫がこの仕事を継ぐかどうか、わかりません。
でも、記録は残しておきたい。
商いの心を、言葉で残したい。
それが、この記録を始めた理由です。

曾祖父の教え──技術と商いの哲学
曾祖父は、この商いを始めた人です。
何もない場所から、一軒の店を作りました。
曾祖父は、言葉少なく、仕事で教える人でした。
「粉は、菓子の骨や」
「火は、待ってくれへん」
「包みは無言の挨拶や」
「酒がわからん職人は、菓子もわからん」
「菓子は、神に供えるものだった。だから、丁寧に作る」
その言葉の意味が、今ならわかります。

曾祖父は、技術を教えました。
そして、商いの哲学も教えました。
「三つの柱を持て」
一つが倒れても、他が支える。
その考えが、家業を支えてきました。
曾祖父が始めなければ、今の私はいません。
その事実が、私を正します。

祖父の教え──信用と時間
祖父は、信用を守りました。
戦争があり、困難な時代がありました。
それでも、祖父は店を閉めませんでした。
「一度お世話になったら、25年は忘れちゃいかん」
祖父の言葉です。
25年。
長い時間です。
しかし、信用を育てるには、それだけの時間が必要なのです。
祖父は、本当に25年覚えていました。
昔、世話になった人の名前を、何十年も経っても覚えていました。
その姿勢が、祖父の信用を育てたのだと思います。

「近道はいかん」
祖父のもう一つの言葉です。
急がず、一歩ずつ進む。
その姿勢が、商いを守ります。

祖父の晩酌に、付き合わされたことを覚えています。
3時間かけて、ゆっくりと飲む人でした。
同じ話を何度もする。
私は「また言っとる」と思いながらも、初めて聞くふりをしました。
それが、正解でした。
食べ終わった後、必ず自分で器を洗う姿。
着物姿で、耳に煙草。
その背中が、今も目に浮かびます。
「道具を大切にせな、技も育たん」
祖父の言葉です。
道具を大切にすることは、技を大切にすること。
そして、技を大切にすることは、心を大切にすること。
祖父の背中が、それを教えてくれました。
祖父がいなければ、暖簾は消えていたかもしれません。

祖母の教え──生き方と品格
祖母は、人の悪口を言いませんでした。
一度も、聞いたことがありません。
不満があっても、人を責めない。
腹が立っても、悪く言わない。
その姿勢が、祖母の品格でした。
「金のなる木はない。金のなる木を持ちなさい」
祖母の言葉です。
若いころは、その意味がわかりませんでした。
矛盾しているように聞こえたからです。
しかし、今ならわかります。
楽して稼げる方法はない。
しかし、時間をかけて信用を育てれば、それが金のなる木になる。
祖母は、そう教えてくれたのだと思います。

人の悪口を言わない。
近道を探さない。
時間をかけて、信用を育てる。
その生き方が、祖母の教えでした。
祖母は、菓子のことを教える人ではありませんでした。
祖父が信用を教え、祖母が生き方を教えました。
その両方があって、私は育ちました。

父の教え──葛藤と選択
父は、四代目として悩みました。
時代が変わり、求められるものも変わりました。
守るべきか、変えるべきか。
「広げるより、崩さないことの方が難しい」
父の言葉です。
父は、多くを語る人ではありませんでした。
けれど、約束だけは絶対に軽く扱いませんでした。
注文を受けるとき、必ず一度、間を置くのです。
すぐに「できます」とは言わない。
材料の在庫、職人の手、季節の湿度。
すべてを頭の中で組み立ててから、静かに答えました。
「大丈夫です。お任せください」
その言葉には、迷いがありませんでした。
しかし、時代が変わりました。
求められるものが増え、競争も激しくなりました。
断れば他店へ流れる。
その中で父は、悩みながらも引き受けたことがありました。
父は、信用を守ろうとして、時代に押された。
父は、答えを出す前に他界しました。
その葛藤を、私が引き継ぎました。
私は若いころ、父の慎重さをもどかしく感じたこともあります。
もっと受けてもいいのではないか。
もっと広げてもいいのではないか。
しかし父の言葉の意味は、年月とともにわかってきました。
信用は、攻めて増やすものではない。
守って厚くするものなのだと。
父の姿を見て、学びました。
できないことは、引き受けない。
それも、信用を守る方法です。

私が学んだこと
曾祖父の技術。
祖父の信用。
祖母の生き方。
父の葛藤。
すべてを、私が受け継ぎました。
そして、今ならわかります。
守ることと変えることは、矛盾しません。
守るべきものを守りながら、変えるべきものを変える。
その両立が、伝統を生き続けさせます。

今朝も、餡を炊きました
湿度を見て、水を調整します。
小豆の状態を確認します。
火を入れて、待ちます。
急かせません。
曾祖父の「火は、待ってくれへん」という言葉を思い出します。
火は、こちらの都合を聞いてくれません。
だから、火に合わせます。
それが、丁寧さです。
この姿勢は、何があっても守ります。

ある日、常連のお客様が来なくなりました
理由はわかりません。
何か、失礼があったのかもしれません。
気づかないうちに、傷つけたのかもしれません。
信用は、簡単に失われます。
そして、取り戻すには、時間がかかります。
祖父の「25年は忘れちゃいかん」という言葉を思い出します。
信用を育てるには、時間がかかる。
だから、毎日、丁寧に。
遠回りに見える道が、いちばん確かなことがあります。
祖父の「近道はいかん」という言葉。
祖母の「金のなる木はない、金のなる木を持ちなさい」という言葉。
楽な道を選べば、後で代償を払います。
時間をかける道が、結局は近道です。

祖母から、人の悪口を聞いたことがありません
一度も、です。
不満があっても、人を責めない。
腹が立っても、悪く言わない。
私には、できません。
つい、言ってしまいます。
後で後悔します。
祖母のように、なりたい。
でも、難しい。
それでも、目指します。
人を責めても、何も変わらない。
その品格を、私も持ち続けたい。
年を重ねるごとに、その難しさがわかってきました。

四代目は、途中です
受け取って、渡す人です。
曾祖父、祖父、祖母、父が守ってきたもの。
その心を、次の世代へつなぎます。

変えたこと、変えなかったこと
私は、いくつかのことを変えました。
営業時間を変えました。
商品数を減らしました。
宣伝方法を変えました。
この記録も、その一つです。
昔なら、考えられなかったことです。
しかし、心は変えていません。
丁寧に作る心。
お客様を大切にする心。
嘘をつかない心。
神に供える心。
この心を守ることが、暖簾を守ることです。

失敗もあります
完璧ではありません。
失敗もあります。
迷うこともあります。
「これでいいのか」
何度も自問します。
答えは出ません。
でも、進むしかありません。
曾祖父、祖父、祖母、父から受け継いだ心を、守るために。
迷っても、進む。
揺れても、立つ。
それが、四代目の覚悟です。

この記録の意味
この記録も、暖簾を守る方法の一つです。
記録を残す。
想いを残す。
いつか誰かが読んだ時、
「こうして守られてきたのか」と思ってもらえたら、それでいい。

孫が生まれます。
まだ生まれていないのに、もう考えています。
「この子が、この記録を読む日が来るだろうか」
継いでほしい、とは思いません。
無理に継がせることは、したくない。
でも、もし「継ぎたい」と言ってくれたら。
その時、この記録が役に立つかもしれない。
「曾祖父は、こうやって菓子を作っていたんだ」
「祖父は、こうやって信用を守っていたんだ」
「祖母は、こうやって生きていたんだ」
そう思ってもらえたら、嬉しい。

結び|私が受け継いだのは、技術だけではありません。
心を、受け継ぎました。
曾祖父の技術と商いの哲学。
祖父の信用と時間の教え。
祖母の生き方と品格。
父の葛藤と選択。
すべてが、今の私を作っています。

記録することは、自分を知ることです。
四代の想いを、この記録に残しました。
これからも、書き続けます。
静かに、丁寧に。
四代目として受け継いだ心を、次の世代へつなぐために。

今日も、餡を炊きます。
明日も、同じように炊きます。
派手さはありません。
けれど、その積み重ねが、未来の暖簾を支えます。
四代目として受け継いだものを、これからも大切にしたいと思います。

次回予告|祖母の教え|金のなる木を育てる生き方
次回は、祖母の教えについて書きます。
「金のなる木はない。金のなる木を持ちなさい」
この言葉の意味を、深く見つめます。
人の悪口を言わない姿勢。
時間をかけて信用を育てる生き方。
祖母から学んだ、静かな強さをお伝えします。

和菓子職人が大切にしていること、四代目として受け継いだものについて記録しました。

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