和菓子と水|なぜ「名水」にこだわるのか──見えない存在が、味わいを決める

和菓子作りは、朝一番に水に触れることから始まります。

小豆を洗う。
餡を炊く。
餅を練る。
寒天を溶かす。

どの工程にも、水は静かに寄り添っています。

主役は小豆や砂糖と思われがちですが、
実際には菓子の六〜七割は水分です。

つまり水は、脇役ではなく、
菓子の性格を決める土台なのです。

水を変えた日のこと

ある日、やむを得ず水源が変わったことがありました。

材料も工程も同じ。
火加減も変えていません。

しかし、出来上がった餡が、どこか違う。

まずいわけではない。
けれど、いつもの「らしさ」がない。

その違和感の正体は、水の硬度でした。

わずかな差が、餡の口当たりと余韻を変えていたのです。

その日、私はあらためて思い知りました。

水は、最も目立たぬ存在でありながら、
すべてを左右する素材なのだと。

硬水と軟水

水には「硬水」と「軟水」があります。

硬水はミネラル分が多く、
小豆の皮をやや締めます。

軟水はミネラルが少なく、
豆をやわらかく、均等に煮上げます。

軟水で炊いた餡は、
角が立たず、口どけがなめらかです。

後味がすっと消えるあの感覚は、
砂糖の配合だけでなく、水の質にも支えられています。

色合いもまた違います。
軟水は小豆本来の深みを、素直に引き出します。

目立たない差ですが、
積み重ねれば大きな違いになります。

曾祖父の教え

若い頃、私は思っていました。
「良い小豆さえあれば、美味しい餡はできる」と。

しかし、先代は静かに言いました。

「水は、菓子の土台や。
土台が揺らいだら、何を乗せても崩れる。」

さらに、こうも言いました。

「見えんもんこそ、大事にせえ。」

水は透明で、無味無臭。
味も香りもほとんどありません。
だからこそ、気を抜けばすぐに現れる。

水は、正直です。
「水は嘘をつかん」

その言葉は、今も毎朝の工場に貼ってあります。

名水にこだわる理由

老舗が「名水」にこだわるのは、
特別さを誇るためではありません。

同じ菓子を、同じ味で、
変わらずお出しするためです。

水質が安定していなければ、
味の再現はできません。

水は、職人にとっての「基準」です。

もちろん、現代の水道水でも和菓子は作れます。
大切なのは、水に合わせること。

火加減を変え、
時間を調整する。

水に逆らうのではなく、
水を理解する。

それが、長く続けるための姿勢だと感じています。

水と経営

水は、組織における風土にも似ています。

目に見えませんが、
そこで働く人の質や、
生まれる商品の姿を決める。

派手な技術より先に、
土台を整えること。

水を澄ませること。

それが、長く続く商いの条件なのかもしれません。

まだまだ学びの途中ではありますが、
水に向き合う姿勢は、
経営にも通じると感じています。

結び

和菓子は、水の記憶を宿します。

透明で、静かで、目立たない。
けれど、その質がすべてを左右する。

見えないものを軽んじないこと。

それは、水にも、
商いにも通じる姿勢なのかもしれません。

明日もまた、朝一番の水に向き合い、
澄んだ後味の菓子を目指します。

次回

和菓子と道具──なぜ銅鍋でなければならないのか

餡を炊く鍋、餅をつく臼、木べらや篩。
道具が味をどう左右するのか。
職人と道具の関係について、実用の視点から綴ります。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • […] 和文化の知識季節、素材、水、砂糖…和菓子を深く知る和菓子は、季節の写し鏡です。春には桜、夏には若鮎、秋には紅葉、冬には雪。日本人は、菓子を通して四季を感じてきました。しかし、和菓子の奥深さは、見た目だけではありません。なぜ「名水」にこだわるのか。なぜ「和三盆」が特別なのか。なぜ季節を”先取り”するのか。粉一つ、水一滴にも、理由があります。その積み重ねが、味わいを決め、品格を生みます。百年の現場で培った目と経験を、包み隠さず記録します。関連記事:和菓子と旬──なぜ季節を”先取り”するのか和菓子と水|なぜ「名水」にこだわるのか和菓子と砂糖┃なぜ”和三盆”が特別なのか和菓子の粉|食感を決める素材の違い […]

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